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Tuesday, April 06 2010 09:54 |
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大徳寺は禅の道場として室町時代から多くの名僧を出しています。一休宗純はその中でもひときわ大きな存在でしょう。一休宗純に参禅した村田珠光が「侘び」を茶の最高理念として育て、武野紹鴎が継承し、千宗易が「侘び茶」を完成させた・・・単純ですがそのように申せましょう。「侘び」とは・・・紹鴎は「正直に慎み深く、おごらぬさま」と定義しておいでです。山上宗二も侘数寄の条件として「一物も不持」と書いています。茶と禅とは中国からセットで入り、同じように発達し、同じ境地を目指していると申しましても過言ではないでしょう。写真は総見院の茶室の一つです。
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Monday, April 05 2010 09:16 |
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金毛閣。大徳寺の北大路の山門から入って龍源院の前を通り過ぎた場所に建っています。この二階に千利休の木像を安置したのですね。大徳寺はお茶との縁は深く、当時の武将たちや堺の豪商、文化人たちの交友の場でもありました。富と権力と文化の融合するホットな地点です。
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Tuesday, March 30 2010 09:47 |
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くまがいそう。ご自分の姓の名の花をデザインなさいました。堀さんは加賀で修行なさって、ただ今は京都に在住です。堀さんのところまでいらっして地色、柄など一緒に創作されました。もともと、帯はご自分で織られますし、染色も草木で染められます。きものにたいへん造詣の深い方です。先日は帯の縦糸の整経のため、植山さんから残糸を求めておられました。柄の合わせ方などときどき教えていただきます。わたしが若い頃はこのようなお客様がたくさんいらして、教育していただきました。柄や色のお好み、品質、値段などの条件をを呑み込ませて手足になる呉服屋に育てていただいたものです。呉服屋の質はお客様の教育しだいです。
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Saturday, March 27 2010 12:01 |
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石神井公園の春。こぶしと山桜です。今日は午前中に公園の散歩にでかけました。柳も芽吹き、土曜画伯もいたるところでした。まもなく夜桜の下の宴会の季節です。今年は実現したいですと思っています。
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Monday, March 22 2010 12:30 |
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4月から海外赴任のお客様の早めのお祝いです。この間まで赤ちゃんだったのに・・・ご一家はヨーロッパに長く駐在なさっておいででした。写真のお嬢ちゃんのおばあさんにあたられる方によくお目にかかるのですが、物を大切になさいます。ものの持っている命が大切なのですね。考え方として、ものの命も人の命も同じなのだと拝見しています。海外の生活が長い方に教えていただくのですが、日本人としてのアイデンテイテイーがしっかりとしていないと外国の人から認められないし、尊敬もされないとおっしゃられます。下のお子さんがなかなか活発なお子さんで、楽しみにしています。
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Monday, March 15 2010 15:47 |
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京都府与謝郡野田川町加悦(かや)。いまは表記が変わっていますが加悦は白生地の機屋さんの中で最も良い品物を織る地域として知られていました。寿光さんも加悦を本拠地としておられました。小西さんもその名門の一人です。白生地でなく染で生きようと考えられ一珍染めを選び、納得のゆく作品が出来るまでにはずいぶん投資なされたと聞きました。一派を立てるだけの人ですから強烈な個性で問屋や呉服屋さんをリードしておられました。わたしも加悦まで伺い、染めの難しさは充分に納得いたしました。中でも高松塚古墳の壁画をモチーフになさったタペストリーは心に残っています。日本を訪れる外国の賓客の方へのお土産として素晴らしいと思いました。残念ながらそのときには値段で折り合えず、その後ある人を介して頂戴する運びになりました。直接ですと必ず衝突するから・・・と緩衝帯を設けていただいたしだいです。三年くらいまえに亡くなられ、会社もその後なくなったのですが作品が残っていましたので今日まで私も魅力があってすこしづつ在庫にしていました。自分の年齢も考え、小西さんの一珍ももう終わろう・・・と思います。
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Sunday, March 14 2010 09:53 |
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写真は松本秀雄先生の日本人は何処から来たかの著作から拝借しています(お断りもせずに)。先生はバイカル湖の近くのモンゴルの一支族ブリアートに日本人の起源を見出しておられます。むいえさんとはこの著作をテーマに話していました。途中、チベットに話が及びました。もう一人の女性が、チベットは貧しい、中には兄弟で妻を共有するようなケースもありますと話されました。私は言葉を失いました。わたしなど、何も知らないで、マスコミの言うままに人権が・・・などと知ったかぶりをしている心無い一人だと教えられました。百年前までは日本もあまり変わりなかったと思います。百年の間に、得たものと失ったものと・・・長く生きていろいろな方にお目にかかると、人と知り合うことの素晴らしさを感じます。
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Saturday, March 13 2010 17:34 |
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む・いえさんとおっしゃる内モンゴル出身の女性です。きものが好きだけれど来たことが無いとのお話で、家内のきものを着ていただきました。もうお一人、やはりきものがお好きな女真族のお父さんと日本のお母さんの間に生まれた女性と一緒でした。お二人とも日本に来られる中国の人たちの日本での案内やお世話をなさっておいでです。翻訳家でもあり、日本観やきものへのおもいなどいろいろお話を伺っていました。とても面白く勉強になりました。中国やモンゴルに興味があっても生のお話は聞けませんでした。貴重な時間をすごさせていただきました。たびたびお越しいただけるようですから、楽しみにしています。
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