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Sunday, November 22 2009 10:26 |
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京都の手描き友禅も紋の上絵師もその職場は同じ感じです。岡野さんとは三十年の付き合いです。彼の話は親方から・・・その又親方から・・・と故事来歴を長々と聞かされます。お蔭様で江戸時代からの紋の変遷はおぼろに肌で理解できます。職人らしい職人として私は尊敬しています。ちなみに彼の肩書きは国選択無形文化財上絵保存会理事さんです。
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Saturday, November 21 2009 08:49 |
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紋は手描きです。道具は手作りに近い簡単なものです。したがって、職人の腕がそのまま上手下手に結びつきます。
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Friday, November 20 2009 09:10 |
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戦国大名の陣幕は五枚の布を縫い合わせて作ります。足利家では二枚目と四枚目を黒に染めて一目で判別できる陣幕を用いていました。いつ誰が思いついたかわからないのですが、この横の二本線を丸で括るデザインが現れました。それまでの「並び二引」から「丸に二引」の紋の誕生です。丸の使用は紋にとって大きな発展の基礎になりました。
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Thursday, November 19 2009 09:09 |
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紋帳の最初にはこのように桐と菊の紋が掲載されています。鎌倉初期、後鳥羽上皇は菊の紋を愛用されました。自然、他の人は菊を紋章として使用することを遠慮し、御胞に使用する桐と並んで、天皇家の紋章として定着しました。桐の紋は下賜されましたので多くの大名たちも使用しています。また、菊も江戸期には薬屋の看板に使われたりしていましたから、権力の盛衰は実にリアリテイーがあります。(ここに描かれている桐は「五七の桐」で、普通に使う桐は五三の桐です。)
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Wednesday, November 18 2009 08:58 |
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有職文は有識から転じたもので、律令制のあらゆる慣例、故実などに通じ、かつ識見がある人を有識人と呼び、公的に用いられる装束や調度の紋様を有職文と申します。装束は織物を用いましたからデザインに染色の自由さは少なく、幾何学的な構成になりやすいです。家紋の描き方も絵画的でなく幾何学的に割り付けて作図してまいります。
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Tuesday, November 17 2009 09:03 |
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あけ田さんはいい仕事をなさる染屋さん。若い世代に大いにアピールしていただきたいと思っています。次のきものを着ていただく世代ですものね。
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Monday, November 16 2009 09:02 |
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岡重の市松小紋をお求めいただき、仕立てあがりました。家内が裁ち合わせをし、仕立てる人と相談しながら完成いたしました。衿、オクミ、脇縫い、背縫いと小紋でありながらの柄合わせは、仕立て屋さんと呼吸が合わないと難しいです。着ていただくのが楽しみです。
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Sunday, November 15 2009 19:43 |
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有職紋のなかの桐竹鳳凰紋です。中国の影響を大きく受けています。日本の紋様として歩み出すのはもう少しかかります。時代の背景としては、独断ですが、白村江の敗戦があると思います。大和政権と百済の連合軍は、唐新羅の連合軍に白村江で大敗しました。その後、大和から大津、長岡京、そして桓武帝の時代に、南のみ平野部で守るに適した平安京に都を移しました。中国と少し距離を置くようになり、文字もかな文字が発明され日本独自の文化へ一歩づつ歩みだします。
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